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炭焼うな富士

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鰻(うなぎ)の年齢はどうやって数えるの?

 
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ショウちゃん田添祥一
こんにちは!炭焼うな富士の鰻(うなぎ)をこよなく愛するおウチでうな富士推進担当タゾエです。30才です!嫁と2人の娘という家族構成です。うな富士の鰻がおウチで快適に食べられるように頑張ります!日々、炭焼うな富士の大将(創業者)の水野さんに教えてもらいながら鰻(うなぎ)についてもう勉強を楽しんでいます。僕と一緒にみなさんも鰻(うなぎ)の奥深さを学びませんか?

生物の研究をするとき、生まれて何歳かがわかると成長の様子がわかるので、年齢はとても重要な情報です。魚の年齢を知るには、一般に鱗、骨、耳石など、成長にともなって大きくなっていく便組職が使われますが、鰻(うなぎ)の場合は主に耳石が利用されているそうです。

そして、海で一生を過ごす鰻(うなぎ)もいる?ビジネスとして養鰻業が本格化し順番は?調べました。

Q.鰻(うなぎ)の齢はどうやって数えるの?

 

鰻(うなぎ)の耳石は小さく、成長しても米粒ほど。シラス鰻(うなぎ)の場合は、およそ長径0.3㎜くらいの楕円体です。

  • 鰻(うなぎ)の齢はどうやって数えるの

A.耳石にある耳石と呼ばれる硬い石にできるリングを数えるとわかります

 

耳石は内耳の中にあって聴覚や平衡覚に関係する重要な組織です。

  • ここには木の切り株と同じように中心から緑辺に向かって同心円状の年輪が刻まれます。
  • 外界の年周期の環境変化に対応して鰻(うなぎ)体内の代謝に年周期リズムが生じ、これが耳石の成長層に反映されるのです。
  • この年輪を数えることで、齢がわかるのです。

 

耳石では、年齢だけではなく一日単位の日齢もわかります

  • 年輪と年輪の間を高解像度の顕微鏡で観察すると、輪紋の間隔が0.5㎜程度の微小輪紋が見えます。
  • これは一日に一本ずつできる日周輪を一歳に満たない若い個体で計数すると日齢がわかり、誕生日(孵化日)や成長率も計算できます。
  • こうした情報は魚類の初期生態を明らかにするうえで役立ちます。

 

ほかにも耳石はいろいろな解析に使われます。耳石に含まれるストロンチウムやバリウム、亜鉛などの微量元素を分析することで、個体の生活史履歴や回遊履歴、あるいは起源解析や集団構造解析などに利用できます。外界の影響を反映しながら、環境となる水中の微量元素を取り込みつつ、個体の成長とともに規則正しく輪紋を形成し、できた輪紋は終生代謝されて失われることがないというレコーダーのような特性をもつ耳石。その解析は年齢の職別だけに留まらず、いまや魚類の生態研究や資源研究になくてはならない手法となっています。

 

Q.海で一生を過ごす鰻(うなぎ)もいる?

鰻(うなぎ)といえば、「海で生まれ、川で育つ」というのが教科書にも書かれているほどの常識ですが、近年それは必ずしも正しくないということがわかってきました。

  • 海で一生を過ごす鰻(うなぎ)もいる

A.川に遡上せずに、河口や沿岸などに住みついている「海鰻(うなぎ)」と呼ばれる個体群がいます。

 

産卵回遊に旅立った銀鰻(うなぎ)を沿岸域で捕獲し、耳石のストロンチウム濃度を調べてみると、耳石の中心部から緑辺に至るまでずっと高濃度の値を示す個体がでてきます。

ストロンチウムは海水中にはある程度存在します

  • 淡水中にはほとんどないのです。
  • ストロンチウム濃度の高いこの個体は生まれてから河口までやってくるものです。
  • その後に遡上せず、産卵回遊に旅立つまで、ずっと海水中で暮らしていたことになります。

この「海鰻(うなぎ)」(中級 生態編Q1「鰻(うなぎ)の一生、名前が変わるのは何回?」参照)は、川に遡上する鰻(うなぎ)と別種でも別集団でもなく、すべて一つの種のなかに生じた回遊多型に好きません。

 

日本全体の沿岸域から、産卵回遊に旅立った約600個体の銀鰻(うなぎ)を集めて同様な解析をしてみると、これまで典型的な鰻(うなぎ)の回遊型と考えていた河川遡上する「川鰻(うなぎ)」はわずか25%程度で、あとはすべて一生を海で暮らす「海鰻(うなぎ)」か、「河口鰻(うなぎ)」だったという報告があります。

川の鰻(うなぎ)をとりすぎたためにこうした現像が一時的に起きているのか、それとももともと川鰻(うなぎ)の割合は少なく、海鰻(うなぎ)や河口鰻(うなぎ)が次世帯の再生産に大きく貢献していたのかはわかりません。いずれにしても河川のみならず、河口や沿岸域の鰻(うなぎ)の資源管理も正しくしなければならないことを示唆する結果といえるでしょう。

 

Q.ビジネスとして養鰻業が本格化し順番は?

日本の養鰻業は1879年(明治12年)

  • 東京・深川で服部倉治郎氏により始まりました。
  • そして1899年、静岡県浜松市でビジネスとして正式に興り、
  • 次いで三重県、愛知県へと波及していきました。

 

ビジネスとして養鰻業が本格化し順番は?

1.東海地区、2.四国、3.九州、4.韓国、5.中国、6.台湾

A.1.東海地区 2.四国 3.九州 6.台湾 5.中国 4.韓国

 

  • このように東海地区が最も古い産地です
  • 次いで鹿児島県薩摩川内地区指宿地区が1960年前後
  • 徳島県が1965年前後
  • そして鹿児島県の大隅地区が1970年前後
  • さらに宮崎県、高知県の順番で1970年後半

現在の現地の産地が出揃いました。

 

そうした中で、1970年代中盤から台湾での養鰻業がスタート

1980年代に全盛を迎えたものの、1972年に日本と国交回復をした中国が低コストを武器に様々なっ産業を展開する中で、中国での養鰻業80年代に始まり台湾から中国へのシフトが進みました。

また、韓国は九州よりも早く稚魚の中間育成が始まっていましたが、養鰻業の本格化は1990年以降となります。特に2000年以降に韓国で口蹄疫の被害が拡大、韓国焼肉の需要が水産物に流れ込み、追い風を受ける形で養鰻業が一気に拡大していきました。

現在では養殖鰻(うなぎ)の拡大産地鹿児島県、そして愛知県、次いで宮崎県となる中で、かつては日本一だった静岡県にその影はありません。

ただ、現在でも最も古い養鰻業は浜松市に現存しています。90年を超えた歴史ある養殖場では、今でもシラス鰻(うなぎ)を池入れし、養殖鰻(うなぎ)の出荷を続けています。養鰻業が産業として初めて興祥の地・静岡県における、時代の語り部としての老舗養殖場の存在は、極めて重要といえるでしょう。

 

 

 

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