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炭焼うな富士

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養殖鰻(うなぎ)の生産量日本一は?

 
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ショウちゃん田添祥一
こんにちは!炭焼うな富士の鰻(うなぎ)をこよなく愛するおウチでうな富士推進担当タゾエです。30才です!嫁と2人の娘という家族構成です。うな富士の鰻がおウチで快適に食べられるように頑張ります!日々、炭焼うな富士の大将(創業者)の水野さんに教えてもらいながら鰻(うなぎ)についてもう勉強を楽しんでいます。僕と一緒にみなさんも鰻(うなぎ)の奥深さを学びませんか?

名古屋の「炭焼うな富士」で美味しい炭焼き鰻(うなぎ)を食べていただいた方は共感していただけると思いますが、美味しい鰻(うなぎ)はいつ?どこで?生産されたのか、また海外では鰻(うなぎ)の養殖はどこで行われているのかを詳しく調べてみました!

Q.養殖鰻(うなぎ)の生産量日本一は?

養殖鰻(うなぎ)の生産日本一の変遷は静岡県に始まり、

  • 次は愛知県
  • そして鹿児島県となっています。

 

では、養殖鰻(うなぎ)の生産量日本一は?

A.鹿児島県

 

静岡県が日本一の時代はまだ四国や九州での養鰻業は本格化していませんでした。

1975年以後、新興産地として四国・九州で養鰻業が本格的にスタートする中で、1983年には愛知県で静岡県を抜き、全国一の養鰻産地となりました。1990年には鹿児島県が静岡県を抜いて全国第二位に躍り出ると、1998年には愛知県も抜いて全国第一位となりました。それ以後は、鹿児島県が愛知県と抜きつ抜かれつで生産量日本一の座を争っています。

その一方で、宮崎県が生産量を伸ばしてきています。2000年に静岡県を抜いて全国第三位となりましたが、それ以後も増産を続けてきており、2012年の生産量では愛知県と1,000トン弱の差となっています。

 

Q.鰻(うなぎ)の養殖とタイの養殖、どこがちがう?

 

魚の養殖には、大きくわくて2つの方法があります。

 

 1.ひとつが「完全養殖」で

  • 飼育下で卵から孵化させ、稚魚、成魚へと育て上げて出荷する
  • 次の産卵への準備もさせるもの
  • 現在、多くの魚がこの「完全養殖」で育てられており、タイなどが、その典型的な例といえるでしょう。

 

 2.もう一つは、養殖の最小の段階で稚魚を自然界から取得してくるものです

  • このタイプの養殖が行われているものに、ウナギ、ブリ、マグロが挙げられます。
  • この3種については、飼育下で卵から孵化させる技術はできているものの、まだ国内の養殖場に供給できるだけの数量の稚魚が生産できません。
  • そのため、天然の稚魚を取ってきて養殖池に入れ、成魚まで育てる方法で養殖が行われているのです。

 

さて、鰻(うなぎ)の養殖とタイの養殖は、どこがちがう?

A.タイは完全養殖、鰻(うなぎ)は天然の稚魚をとって、成魚まで育てています。

 

中でも鰻(うなぎ)は、2010年に日本で初めて、飼育化で生まれてから子どもをつくるまでの生活史を完結させる「完全養殖」に成功したばかり。また研究段階で、天然の稚魚であるシラスウナギを人工的に大量供給するには遠く、天然資源に全面的に依存せざるを得ない状況にあります。このため天然の稚魚が不漁のときには、養殖業者が稚魚を購入する相場が高騰してしまい、生産者だけでなく、販売する飲食店や消費者までも含めて、大騒ぎとなってしまうのは、ご存じのとおりです。

 

Q.シラス鰻(うなぎ)は、自由に捕獲して良い?

 

シラス鰻(うなぎ)に限らず、魚介類の稚魚は「水産資源保護法」で、基本的にとることが禁止されています。

魚介類で小さいサイズのものが漁獲された場合、それを生みや川に返すことが義務づけられており、無断売買には罰則規定が設けられています。

  • シラス鰻(うなぎ)は、自由に捕獲して良いでしょうか?

A.いいえ。許可が必要です。

 

特別に漁獲に(採捕)を許可されているのは養殖用か、研究用だけです。現在、日本で採捕が許可されているのは、

  • ブリの稚魚であるモジャコ(藻雑魚)か
  • アユの稚魚である稚アユ
  • そして鰻(うなぎ)の稚魚であるシラスウナギのみで

期間も限定されています。

それ以外の養殖魚はいずれも人工孵化ができ、人工種苗の入手が可能となっているため、天然の稚魚の採捕は認められていません。

 

Q.鰻(うなぎ)にも「江戸前」がある?

 

今までこそ江戸前とは、東京湾でとれた新鮮な魚介類のすしネタや天ぷら材料を指すのが一般的ですが、

  • 昔は、江戸城の東から大川(隅田川)に至る範囲、すなわち「江戸城の前」の水路や川、江戸湾船岸でとれる鰻(うなぎ)のことを「江戸前」といいまし

 

  • 品質は江戸前の鰻(うなぎ)が最高と評価され、江戸以外から運ばれてくる鰻(うなぎ)は「旅鰻」「旅もの」と呼んで、江戸前と区別して扱われていました。

 

  •  鰻(うなぎ)にも「江戸前」にあるって知りませんでしたか?

A.はい、江戸城の前の掘割や隅田川、江戸湾でとれた鰻(うなぎ)と呼ばれ、他所でとれて江戸に運ばれてきた「旅鰻(うなぎ)」よりも上等とれました

 

江戸の多種多様名職業に従事する人びとをいきいきと描いた絵巻物「近世職人尽絵巻」(鍬形惠斎)にある蒲焼きやでは、店頭で女将が「わらわがもとに旅てふ物は候らはず皆江戸前の筋にて候」と言って、お客を呼び込んでいます。

蒲焼き屋を描いた勝川春亭の鐘絵にも「江戸前大蒲焼」と書かれた看板行燈があり、当時いかに江戸っ子たちに江戸前の鰻(うなぎ)が人気だったかわかります。

現在の日本橋や神田、深川あたりには,当時多くの蒲焼き屋が軒を連ねていました。江戸後期の天保年間に刊行された「江戸名所図会」に、賑わう富岡八幡宮が描かれており、そこには「蠣・蜆・花蛤・鰻鱺魚の類をこの地の名産とせり」とあります。富岡八幡宮に訪れた参拝客が蒲焼きを楽しんでいたのでしょう。

文政7年(1824)に刊行された江戸に不案内な旅行者のためのガイドブック「江戸買物獨案内」(中川芳山堂)には、22軒の蒲焼き屋が登録されています。また、嘉永5年(1852年)の「江戸前大蒲焼番付」には、200軒以上の蒲焼き屋が掲載され、鰻の食文化が江戸の町にしっかりと根付いていたことが窺えます。

因みに江戸前とは、もともと場所や漁場を指す言葉であり,そこでとれた新鮮な魚介類を指す言葉でしたが、やがて江戸に住む人々の気風や食べ物の好み、江戸の職人芸や枝にまで転化し、江戸風」「江戸好みなどの意味にも広く使われれるようになったのです。

そんな江戸時代からの伝統を受け、東京湾一帯にも海面・内水面(河川・湖沼)の漁協があり、東京湾一帯で漁業を営んでいます。かつては、ハゼやコハダ、アナゴ以外にもウナギやアサリ、ノリなどもとれており、多くの「江戸前」を冠した水産物が日本橋魚市場等に水揚げされていました。ただ、昭和に入って都市化・工業化の進行による環境汚染が進み、河川でとれる魚も品質や安全面の問題から売れなくなり、漁業そのものが成り立たず、内水面漁業では多くの漁師が漁業権を返上する事態にまでなりました。それにより、東京湾でのアユや鰻の漁業は一気に衰退し、かつての「江戸前鰻(うなぎ)」は、羽田沖のアナゴ漁で仕掛ける筒の中に混じってとれる程度にまで落ち込んでしまいました。

しかしながら、懸命の環境浄化の取り組みの中で、少しずつ河川環境が回復してきています。多摩川におけるアユの遡上が複活したことはよく知られていますが、荒川・旧江戸川・中川を中心に、天然鰻ウナギ漁も徐々に複活してきています。現在、東京東部漁協には若干名のウナギ漁師が残っており、毎年「江戸前鰻(うなぎ)」をとり、築地市場等に出荷しています。

 

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